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家族のためにがんばるお父さんってマジかっこいい! コロナウィルスで臨時休校の今、だからこそ

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先週からと続く出会いの一週間。なんだか「愛あふれる人に接する」週間でした。
 
その中でこんなことを考えたいくつかのキーワードは
 
じゃじゃーーん!
 
「愛が一番!(アイフル 笑)」
「お父さんって、すごい!」
 
の2点ですね。
 
 
これ、先日、深夜遅くに叫びたいくらいの喜びで、ついついあるグループに連投してしまいした(笑)
 
コロナウィルスで子どもさんたちの学校が臨時休校になっている今、お父さん、パパさんたちの存在もすごく大きいかなと思います。
 
おとーさんたちーー、かっこいいぞーーー!
 
パパさんたちの応援もかねて、今日は恥ずかしい自分の話しちょっとだけ書きまーす!
 

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何かを察した私の魂

 
 今回は、私の一番書きたくなかったことを書きます。
 
なぜなら、一番、抵抗のあることで隠しておきたいことの一つでもある「男の人」に関係することだからです。
 
でも、そんなことすらちっぽけな問題だって思ったので書きます。
 
 
先日は朝から「なかぴ」というお友達とお茶をしました。
そしてお昼は以前、同じマンションに住んでいたママ友とランチ。
 
その後、職場の町会長を取材したいと新聞記者さんが戦後の町の様子を聞きにきました。
 
記者さんとそのあと、ちょっと心に触れるような話をして、その日は一日のうちにどの方からも心に響く話を聞きました。
 
最近の私なら舞い上がるほどの興奮状態になるはずなんですが、そのあと、お使いで少し一人になって公園の中を歩きながら、妙にクールダウンしていました。
 

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自然に触れたら何か泣きたいような切ない気持ちに
 
切ないようなさみしいような感覚に襲われました。
なんだろうな、この感じ。
 
そう思ってこの数日を振り返ってみたんです。
 
 

愛があふれる「アイフル」な人たち

 
 
先週から、偶然にも怒涛のように「愛にあふれる人たち」に会い続けていていました。
 
人生の変わり目に立ち会える現場にいさせてもったり、
仲間と本気の親交を深めたり。
 
どの出会いも人の魂にふれるような時間をすごしました。
 
だからますます「うれしい!! 楽しい!!」っていう感じなんですよね。
 
これを言葉にして表現するのは、本当に難しいですが、単にお祭り騒ぎっていう感じじゃないのです。
 
 
 
人が人を本気でなんとかしたいと思う、それが「愛」ですよね。
 
クサイようですがそうしかいいようがない。
 
自分の中で愛情というキーワードがマックス! ですよ。
 
どの人もどの人も愛溢れてて。それを見ていて幸せー、楽しい!!
その感じで私は幸せに満たされていたんです。
 
私が今、毎日、私が楽しいのも「愛」がシャワーのように降り注がれているし、
それを見させてもらっているからですね。
 
結局、自分の喜び、楽しさは結局、「人と人のつながり」を実感することでした。
 
ここ数年特にグループで仲間でともにアクションするということをやっています。
 
それはもともと10年以上前からかかわっている自己開発プログラムの仲間からはじまり、成功の技術を学ぶ仲間やネットビジネスの勉強の仲間だったり。
 
この一週間はとくにダイエットメソッド「楽カラ」にまつわるイベントが偶然、立て続けにありました。
 
 
前回紹介したうちのチームでのオンライン飲み会もその一つです。
セミナーに参加したりして、そのたびに、良質の愛をシャワーのように浴びました。
 
あるグループのなかでは盛り上がって
 
「結局、愛だよね!」
 
となり、私の頭の中でアイフルのテーマ曲がリフレインしてしまい、困った現象に襲われました。
 
 

お父さんを意識した出来事

 
 
ところで今回は、父親ということをテーマに書いてみます。
 
そういうホコホコで気持ちがゆるまっているところに、私のなかでずっとあったある思いが刺激されてしましました。
 
(これについては後述します)
 
先日はモーニング・ミーティングと称して職場が近いなかぴから、「かおりちゃん、今日は朝、いかがですか」コールがあり、嬉々として会いに行ったんです。
 
が、
 
その、なかぴの一言にズキューンされました。
 
刺さりました。
 
これははっきりいって、「パパ」とか「お父さん」という存在について最後のとどめをさされたって感じです。
 
これがはっきりしたのは、そのあとランチで会ったママ友と話をしていたことからでした。
 
おそらく・・・。
 
子どもや家族の対しての、父親の解釈は様々だなって改めて思いました。
 
「自分の家の価値観が正しい」っていうことはないな、と思ったんですね。
 
このママ友はもともと同じアパートの住人で、子どもがお互い年が近く、小学生のころからの付き合いです。
 
私がひとり親なのもあって、よくご主人についてのお話しを聞かせてもらうことがありました。
 
元ご主人は家族のことをかえりみれない方のようで、彼女が一緒に住んでいる間は、他人事ながら心が痛くなるようなエピソードがありました。
 
家族崩壊の最後のとどめは、お嬢さんの大きな手術をしたとき、あまり関心を示さなかったということです。
 
とうとうそのママ友とお嬢さんは、家を出て行くことになりました。
 
昨日は、彼女から「世の中には、本当に家族思いのお父さんているんだね」という言葉を聞きました。
 

愛あるお父さん社長さん

 
彼女がお仕事で出会ったある社長さんご一家の話を教えてくれました。
 
豊かな方はご家族を本当に大事にされています。
 
その社長さんは、彼女のお嬢さんのことを気遣われて、何かプレゼントされたということですが、ご家族を大事にしているからこそ、ほかのお子さんにまで思いがいたるのでは、と思いました。
 
実は私もこのママ友と共通して、「なんだかんだ言っても父親は子育てに責任をとれない生き物だ」という思いがあったんですよね。
 
だから男の人が家族を大切にって絵空事に思っていたわけです。
 

家族を守るお父さんのエネルギーて何かが違う

 
 
ところで朝、お茶を時々する盟友なかぴは、ダイエット仲間です。
 
ダイエットも見る見る成果をあげ、なおかつ、精力的に新しい活動をはじめているパパさんです。
 
私は色々停滞しているので、そのエネルギーの源泉は何かを彼に聞いたんですが、そのとき、こういったんです。
 
「家族のため」って。
 
ほんとこれを書くためにずいぶんと長い前置きをしましたが、この言葉が、かなりズキューーーーンものでした。
 
これか!
これなんだな。
 
私が同じ言葉を言っても、これは自分とは何かが違う。
 
そして、私がなぜ「楽カラ」メソッドにはまっているかって、結局、ここだったんですよ。
 
開発者のまさみつさんも、お嬢さんの病気がきっかけになって「病気で戦う子どもをなくしたい」という思いからメソッドとして作られたんですね。
 
実は、運営をされている永里さんも同じでした。
 
ほんと、偶然!!
 
このパパさんたちと、私のママ友も子どもさんが病気の経験をされていました。
 
ついでにいうと、実はうちの子供も重篤な病気ということでもなかったですが、もしかしたら脳の病気ではと疑われてことがあります。
 
だから余計に、なんなんだ、このメンズは!! という驚きでした。
 
 

病気の子どもと父親

 
私は過去、シングルマザーの当事者団体に関わっていたことがあります。
 
そのとき意外に思ったのは、子どもさんがハンディを持っている夫婦の離婚率が結構、高かったということです。
 
私が直近で出会ったこの三人のパパさんたちは、本当に愛情深く子どもさんやご家族に向き合われています。
 
そのなんていうのかな、深いところからくる愛の示し方、出し方っていうのかな、それが半端ない。だから、人との向き合い方がストレートなんですよね。
 
ママたちは子どもケアする立場から見てて、
パパたちはもっと生活をまもる基盤のところから家族を見ている
 
その感じがママとパパでは違うのではないか、って。
 
だからこそ、わたしにとって「家族のために」の言葉の重さが違っていました。
 
もちろん、私も子どもを育てるという意味では、同じ立場なんですが、なんかエネルギー感が違ってました
 
ひとり親というと「大変ですね、父親と母親の両方をやってきたのね」っていう方がいらっしゃるんですが、私はあくまでもお母さんでしかないんですね。
 
私の中で生活を支えるのは一緒ですが、お父さんのそれとは違いました。
 
私の覚悟が足りないのかもしれません。
 
それもわかってますが(逃げたいーー)。
 
男の人と、女の人の「家族のために」という感覚は違うレベルじゃないかというのが今の私の体感です。
 
 

「女の人さえいればいい」と思ってました

 
私の意識はまだまだ探求中で、これが最終結果といえないですが、
 
ここで、問題発言をします。
 
いつの間にか私は
「この世の中は女の人さえいれば回る」
って感覚になってました。
 
実際、育児の場面も「お母さん」の果たす役割が大きかったですし、環境や福祉の現場では「女性の直感」「団結力」「共感の力」はすごく大きな原動力でしたし、私もその恩恵をたくさんもらいました。
 
私は「女縁」という言葉が大好きで、たいがいのことは女の人に相談していましたし、女の人とつるんでいました。
 
安心するんですよ。
 
実のところ、男の人をどこか敵対視していたんです。
 
私を傷つけたのは男の人だからと、どこか恨みがましい思いがあったわけです。
 
命に本気で向き合えるのは、女の人で、男の人は鈍感でどうしようもない。
 
そんな風に実は思っていたんです。
 
逆説的かもしれませんが、だから結構、がんばれたんだと思います。
 

男の人の力は「家族を守る」から来ている?

 
だけど、あるとき、あれ? どうもそうじゃないんじゃないか? と思ったんですよ。
 
実は、私、男の人に助けられてたんじゃん!!
全然、感謝なかった!!
 
 
勉強しているネットビジネス塾の塾長は、家族のためにという思いから奮起して成功した人なんですが、大胆でいて繊細な心遣いの半端ない人なんです。
塾長は億万長者と言ってもいいくらいの人なのに全然、普通の人で。
 
専務の奥様は、当然スタッフにも塾生にも当然慕われていて、懇親会の席で社長である塾長を「おとーさん」と呼ぶわけ。
 
スタッフも塾生もだから、思いのある方が多くて、そこでのグループの交流もケアフルです。
 
懇親会で二次会、三次会・・・といき、
夜の現場になれたお兄さん的存在の塾生さんがガイドしてくださって、
最後に「おねえさんのいるお店」に生まれて初めて行きましたが(笑)
そんな経験も男の人がいなければできませんからね(爆笑)
 
ちょっと話がずれた?
 
でも実際、社会の機能は男の人が形を作ってきたわけですよね。
 
女の人の感性はすばらしい。
でも、それを実際に形にして社会に出するのは男の人でした。
 
役割が違うんですよね。
 
実は最近、私が男の人と関わる動きは、自分で意識して選んだわけではないんですが、ネットビジネスの現場でもメンタル面でも、実際にサポートをしてくれた方たちは男性でした。
 
振り返ったら、これは今までの自分ではあり得なかった選択だったかもです。
 

実際、サポートをしてもらった経験からいうとエネルギー感とスピード感が違いました。

 
これが社会を形作る源泉なのかな。
(まだ、私は結果を出せてませんので説得力がないでしょうけど)
 
それなのに、なんでですかね。
よく考えたら不思議です。
 
あるきっかけで自分の垣根をこえることにしました。
 
かつては男の人と女の人がいたら、迷わず、女の人を選んでいました。
 
どうしてかというと、
 
男の人がこわかったし、実は、男の人をばかにしてたんです。
 
要するに。
 
それはやはり、その元は父との関係からくるのかもしれません。
 
 
 

私の不器用なお父さんのこと

 
父はとても不器用な人で、愛情を上手に示してもらったことがなかったです。だから、私は父にかわいがられたという肌感覚がないんですね。
 
どちらかというと悲観的な発想をして、いつも母を責めていました。
 
だから亡くなった父にたいしては、好きも嫌いもなくて「無」という感じで、父を感じられないという思いがずっとありました。
 
子ども時代の私は「結構、しんどかった」ていう思いがずっとあって、父との心の接点を持たないようにしていたのかもしれません。
 

なんでそれを今、語るかというと、例のメンズたちの存在・言動が私を刺激したからなんです。

 
まっすぐに家族を守ろうとしている、そのダイレクトな感覚。
 
そして感じていくと……。
 
私はお父さんにもっと愛されたかったんだな、と。
 
そして、不器用な父だったけれど、実は本気で子どもに愛を示したかったんじゃないだろうか。
 
それができずに亡くなったのじゃないか。
 
普段は父に対して好きでもきらいでもない「無」の状態なのに、父を感じるとこの思いが浮上してきます。
 
昼下がりに公園を歩いていて、急にさみしい感じがして、ときどき湧いてくる空虚な感じは、ここからきているのかもしれない・・・、とふと思いました。
 

父を感じたとき

 
そして思い出しました。
 
これは意識の学びの最上級コースである最初の「ウィザードコース」にのときに起きました。10年以上前のことです。
 
あふれ出てくる感情にどうしたらいいかわからなくなり、生まれて初めてこれでもか、と涙がとまらなくなりました。
 
たまたまワークのリストにあった「父親」を扱っただけなんです。
 
そのときは、「無」としてしか感じれないその父を意識して感じることにしました。
 
無防備な空間で、無垢な魂のまま、父を感じていた時、感覚的なシフトがおきたんですね。
 
言葉ではいえない切ない感じがあふれ出てきました。
 
何が自分のなかでヒットしたのかわかりません。
ただ、号泣しちゃうしかない、そんな感じでした。
 
しばらく立ち上がることができないくらいに動揺したんです。
 
だから、また、父を感じると手に負えない感情にあふれて自分がどうしたらいいかわからなくなる。うれしいけど、昇華しきれなくて
 
今、それを言語化すると、こんな感じかな。
 
お父さんの小さな夢は「借金まみれの家族を豊かにしたかった」ことだったのかもしれない。
 
なので父はこんなことを言ってました。
 
「豚を飼いたい」
「家を建て直ししたい」
 
そのために、手段は正しくなかったけど一旗揚げるために「パチンコで一発当ててでもなんとかしたかった」。結果は確かにうまいこといなかったかもしれないけど。
 
それでも父なりに
 
「家族をまもりたい」
 
という女の私にはない責任感を父親としての思いがあふれていたんだろうと思うのです。それを自分が受け取れなかっただけなのかもしれません。
 
みんなで行った家族旅行は、たった一度だけでした。
無計画で近くの観光地に家族で行った、それっきりです。
 
帰路のバスで荷物の下に入った「笑い袋」が何かのはずみで作動して、バスのなかで「機械的な笑い」が連呼してすごい恥ずかしかったというつまらないエピソードが残っただけでした(笑)。
 
でも、これもお父さんなりの愛情の示し方だったんだろうな。
 
 
その父が孫である娘を抱いたときに、満面の笑顔を浮かべました。

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生まれたばかりの私は当然、そんな顔なんか見ることも記憶もないんですが、父にとっては実は私もそういう存在だっただろうなと、いまになれば思えます。
 

まとめ

 
駄文につきあっていただき、ありがとうございました。
 
これは私の個人的な見方です。
男女については、様々なご意見があると思います。
 
父母の世代は、今のパパ世代とは背景が違うから同じように比べることはできませんが、現役パパたちがダイレクトに子どものため、家族のためと公言してむきあっていることを私は称賛したいですし、心が揺さぶられます。
 
なんていいますか、私はお父さんに愛されたかったし、甘えたかった、それがわかりました。
 
本当は充分に愛されていたのだと思いますが、今はそれを疑似体験している感じ。
 
ちょっと打ち明けると、(私が勝手にそうしてるだけですが)一回り以上も若いパパさんにお父さん役をしてもらって「愛される娘」アイデンティティを育ててるかもです。すみません。
 
実はこのブログ記事は、もう何日も手掛けている文章ですが、うまいこと書けなかったんです。
 
でも、未完ですが私の自戒もこめてアップしたいと思います。
なんていったって限界突破なので!
 
今度はちゃんとみなさんに役立つ記事を書きます。